今年は昨年に続き、音楽関係のコンサートに通うことが多かった。六甲男声合唱団の伴奏ピアニスト島崎央子さんのコンサートをきっかけに西宮のアミティふれあいコンサート、さらに滋賀県で活動しているセシリア・シンガーズの演奏会にも出かけた。
今年に入ってあまり調子の良くなかった義母が6月に(僕の60歳の誕生日の翌日)家の中で立ち上がれなくなって、救急車で病院に搬送された。緊急手術の結果は主治医が驚くほど良好だったが、感染症というのか急に元気がなくなり、物が食べられなくなって危篤状態になった。このとき(7月下旬の土曜の午後)僕は友人M君と一緒に大津市内の小さなホールでセシリア・シンガーズ関係のミニ・コンサート『谷川俊太郎を歌う』を聴きに行っていた。途中で妻からスマホに連絡が入り、終演後は京都の定期練習に参加せず病室に急行。その日は大丈夫だったのだが、翌日に(新婚の孫を含む三代に渡る)親族に見守られながら義母は90歳で消え入るように永眠した。彼女にとっては幸せな最期だったのかもしれない。僕にとっても誰かの臨終に立ち会うのは初めての経験だった。そして、定年再雇用後の最初の一週間をこんな形で休んだ。台風(たしか12号)襲来前、家の中の大型ゴミの片付け物も大変だったのだ。
そうだ、4月末以後、神戸方面で Bach の "Magnificat" の練習に取り組み、8月の演奏会を成功裏に終えたのは既報のとおりだが、合唱人生の中でまた新たな一歩を踏み出したとも言える。また、9月以降は来年2月に実施のニュージーランド演奏旅行の練習も始まった。本番まであと2ヶ月もない。そろそろ気合いを入れて仕上げにかからないとなぁ… まぁこんな風に仕事と趣味の折り合いをつけて(というか仕事の負担が軽くなり)合唱にかなり打ち込めるようになった。
秋にあった親族の法事の時に弟が離婚していたことがわかったり、10月には亡母の姉が死去。そのおり、僕の3歳年上の従兄弟が2年ほど前から寝たきりであることを知らされたり、複雑な家庭事情を知ったり… 11月には幼なじみ(実家の隣家の同い年)Tちゃんが癌に似て非なるGIST(消化管間質腫瘍)という珍しい病気で亡くなっていた。これは12月に入ってから彼の母からの「喪中通知はがき」で知った。これを受け取った週の土曜日に久々に元実家の隣家を訪れ、子供のころからよく知る「おばちゃん」と話をした。お元気でシャキッとされているのが幸いだった。先月記事にした中学校の同窓会に彼が来ていないのを数名が不審がっていた。僕も最近は年賀状の交換ぐらいしかしておらず、病気で入院でもしていなければ良いが…と案じていた矢先だったが、今年7月に入院したまま11月の同窓会(おばちゃんは案内はがきを彼に見せなかったそうだ)直前、4ヶ月足らずで亡くなったとのこと。
人生色々だが、つくづく思うのは、この世に残された僕たちが<<5年前に癌で死んでしまった親友Tを含め>>あの世に行ってしまった彼らの分も精一杯生きること。月並みだが、これが彼らに対する供養になるかな、と思っている。近親者が亡くなり「喪中につき」新年の祝賀メッセージは発しないが、読者の皆様が健やかで幸福な新年を迎えられることを祈念して、これを今年最後のメッセージとしたい。
最近のコメント